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2008年11月

2008年11月27日 (木)

笑える映画「ハンサム★スーツ」(平成20年11月27日更新)

ブサイク男が谷原章介になっちゃった! 

母親の残した定食屋を継いだ琢郎は、ブサイクだが料理の腕前は天下一品の優しい男。これまで数々の女性に告白してはフラれ続けてきたが、心優しい美女、寛子がバイトに来るようになってから、琢郎の生活は変わった。しかし、寛子にもあっけなくフラれた琢郎は、自分がモテないのはブサイクなルックスのせいだとひどく落ち込む。そんな時、立ち寄った洋品店で、着るとハンサムになれるハンサム・スーツを勧められる。

ドランクドラゴン・塚地武雅がハンサム・スーツを着て谷原章介に変身!これだけで大爆笑間違いなし、の予感大。自分のブサイクなルックスにコンプレックスを持つ琢郎は、ハンサム・スーツを着て、スーパーモデルになり、女性にモテモテになるが、TVドラマ「ブスの瞳に恋してる」の鈴木おさむが脚本を手がけているだけあって、もちろんお笑いだけでは終らない。思いがけない展開に、舌を巻くかも。ストーリーを繋ぐのは、テーマ曲である渡辺美里の「My Revolution」ほか、久保田利伸、佐野元春らの名曲。コメディとせつないメロディのハーモニーは絶品。監督は、これが長編デビュー作である英(はなぶさ)勉。

http://www.warnermycal.com/movie/sakuhinpage/1006722.html

この映画は、題名から鑑賞するかどうか迷っていたが、時間の都合がついたので見てみた。上映の少し前に会場に入ったが、以外と人が多いという感じを請けた。

映画が始まるとノッケから爆笑の嵐。最高です。こんなに映画で笑ったのは、「有頂天ホテル」以来です。「有頂天ホテル」より笑ったと思います。後半に考えさせるストーリーがあってエンディング後の最後の最後にまた大爆笑がまっています。ご覧になる方は、エンディングの最中に帰らないことを強くお勧めします。

司法書士 藤村和也 http://www.kfsj.net

2008年11月17日 (月)

F1 LEGENDS THE BEST GPの季節(平成20年11月17日更新)

F1のレギュラーシーズンが終了し、フジテレビ721(CSテレビ)で、F1レジェンドの放映が始まった。今年から来年の春まで放映されるのは、1987年と1988年のレースの中から選ばれたもの。

1987年は、日本人初のフルタイム(スッポト参戦ではない)F1ドライバー中嶋悟さんが参戦した年である。ちなみにフジテレビで全戦F1中継が始まった年でもある。

1987年は、前年に引き続きホンダパワー炸裂した年で最終的にウイリアムズ・ホンダのブラジル人ドライバー「ネルソン・ピケ」選手が3度目のワールドチャンピオンになっている。

第一回目の1987年ブラジルグランプリを倍速再生でみたが、予選を圧倒的な速さで制したエンジンサプライヤーのホンダが、予選終了後に本戦の勝利を前提にプレスリリースの原稿を作成していたなど裏話もでてきた(こういう点がレジェンドの面白いところでもある)。

1987年ブラジルグランプリの内容は、序盤ネルソン・ピケ選手がトップを快走するが、スタート直後の観客からの紙ふぶきが、冷却装置の入り口に入り、エンジンの冷却がうまくいかなくなり、ペースダウン。同じチームメイトのナイジェルマンセル選手にも理由は言っていなかったが、同様のトラブルができペースダウンし、さらにタイヤのバーストも起こる。

レースの始まる前では、ウイリアムズ・ホンダの二台が独走すると思われたレースが、通称プロフェッサー「アラン・プロスト」選手がいつのまにかにトップになり、勝利した。

1987年のイギリスグランプリは、ホンダ(ウイリアムズ・ホンダとロータス・ホンダ)で1位ナイジェルマンセル選手 2位ネルソン・ピケ選手、3位アイルトン・セナ選手、4位中嶋悟さん1.2.3.4フニッシュを飾っている。このレースのナイジェルマンセル選手がネルソン・ピケ選手をオーバーテイクするシーンを見るもの楽しみだ。

司法書士 藤村和也 http://www.kfsj.net

2008年11月14日 (金)

参考人招致 「間違っていない」 田母神氏、言論統制と批判(平成20年11月14日更新)

2008年11月12日(水)08:05 

参院外交防衛委員会は11日、歴史認識をめぐり、政府見解と異なる内容を含む論文を発表したとして更迭された田母神俊雄前航空幕僚長を参考人招致し、質疑を行った。

田母神氏は論文について、「いささかも間違っているとは思っていない」と強調した上で、「言論統制を徹底するような自衛隊にすべきでない」と主張した。  

論文内容について、田母神氏は「(過去の侵略を謝罪した)村山談話は具体的にどの場面が侵略とか、まったく言っていない。村山談話の見解と違ったものを書いたとは思っていない」と語った。

その上で、自ら辞職しなかった理由について「自衛官にも言論の自由は認められるべきで、制約されるかどうか(懲戒手続きで)審理した方がはっきりすると考えた」と述べた。

集団的自衛権が行使できない現状に言及した部分についても、「(集団的自衛権を認めろとか)特にそこまでは訴えていない」と述べた。

その一方で、「(退官した)今はもう(憲法を)改正すべきだと思っている。国を守ることについて、これほど意見が割れるようなものは直した方がいい」とも指摘した。 田母神氏は、同じ懸賞論文に94人の空自隊員が応募していたことについて、航空幕僚監部教育課に論文募集を紹介したことは認めたが、投稿の強制は否定した。論文を募集したアパグループとの関係については「車代を含め資金提供は一切受けていない」と強調。

退職金の自主返納について「その意思はない」と述べた。 この日は通常の参考人招致と異なり、「参考人の個人的見解を表明する場ではない」(民主党の北沢俊美委員長)として、田母神氏が委員の質問だけに答える形式をとった。 http://news.goo.ne.jp/article/sankei/politics/m20081112003.html

(私見)言論統制という言葉が、でてきている。言論統制とう言葉には、表現の自由の1つである言論の自由に関係していると思われる。言論の自由は、精神的自由権の1つであり、規制には、二重の基準の理論が判例上適用されている。二重の基準の理論とは、精神的自由権と経済的自由権を対比して、精神的自由権等の重要な人権を制限する立法は、それ以外の経済的自由権等を制限する立法より、厳格な基準によって審査されるべきとする理論である。言論の自由の前提となるのが、思想良心の自由である。思想良心は、内心にとどまる限りは、絶対的に自由である。この思想良心を外部に表現することの1つが言論の自由と考えることができる。

今回の問題は、上記言論の自由の文民統制(シビリアンコントロール)による規制と考えている。文民統制・シビリアンコントロールとは民主主義国における軍事に対する政治優先または軍事力に対する民主主義的統制をいう。すなわち、主権者である国民が、選挙により選出された国民の代表を通じ、軍事に対して、最終的判断・決定権を持つ、という国家安全保障政策における民主主義の基本原則である。

文民統制の観点や国家防衛を考えると自衛隊員は、国家の方針にしたがうべきという考えがでてくる。この観点から、田母神氏は批判を浴びていると考えている。

仮に、田母神氏を懲戒免職等にしていたならば、憲法訴訟は必死の状況にあっただろう。田母神氏側は、言論の自由を中心とした精神的自由権から懲戒免職等を争っただろうし、対し、国側は、文民統制(シビリアンコントロール)を主張していただろう。

憲法(以下同じ)第十九条  

思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

第六十六条  内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。

 内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。

 内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。

司法書士 藤村和也 http://www.kfsj.net

2008年11月 5日 (水)

最終ラップにドラマが待っていたF1ブラジルGP

ルイス・ハミルトンが、ワールドチャンピオンを獲得して幕を閉じた2008年のF1シーズン。最終戦ブラジルGPには、最終ラップに大きなドラマが待っていた。

スタート5分前に突然インテルラゴスに豪雨が降りそそいだ時点でドラマを予感させたF1最終戦ブラジルGP。スタートは10分のディレイが言い渡され、各車ウェットタイヤと雨用にセッティング変更を施した。しかし、雨はすぐに上がり、空には晴れ間さえ見えだしたことで、ウェットからドライへの変更タイミングが第1の鍵となった。

ルイス・ハミルトンは、5位以上でフィニッシュすればタイトルを獲得できる状況にあった。
それでも、4番手までポジションを戻したハミルトンは、そのまま安全にタイトルを手にするかと思われた。しかし、そこには大きな展開が待ち受けていた。残り8周に差し掛かったところで再びインテルラゴスには雨が降り出したのだ。

そして、ここでドラマを演出する2名のドライバーが現れた。66周目でウェットにチェンジしたハミントンだが、ティモ・グロック(トヨタ)がドライのままステイアウトする決断をしたため、5番手でコース復帰することになる。さらに残り1周。なんと、アウトに膨らんだハミルトンをセバスチャン・ベッテル(トロ・ロッソ)がオーバーテイクしたのだ。

6番手に順位を落としたハミルトンは、そのまま第2セクターを通過。フェリペ・マッサがトップでチェッカーを受け、タイトルはマッサに手に渡るかと思われたその数秒後、インテルラゴスにドラマは起きた。4位を走行していたティモ・グロックが失速したのだ。雨足が強まったトラックにドライタイヤのグロックはなす術がなかったのである。ラスト数コーナーでグロックを交わしたハミルトンは5位に浮上。そのままフィニッシュラインを横切り、F1史上最年初となる23歳300日のワールドチャンピオンが誕生した。マッサがチェッカーを受けてから、わずか39秒の間の出来事だった。
http://f1-gate.com/other/f1_2264.html
11月3日の夜に今朝放送していたF1ブラジルGP(2008年最終戦)を見た(ちなみに、私が録画をみるのはほとんど時間短縮のため倍速再生)。このGPで今年のワールドチャンピオンが決定した。レースは、終始ハミルトンがチャンピオンとなる順位をキープして進んだ序盤の雨もそうだが、終盤の雨によってレースはドラマチックなものになった。ベッテルに66週目にハミルトンにオーバーテイクされたのだ。このままだとトップと走るフェラーリのマッサがチャンピオンになる。そのままの状況でマッサはトップチェッカーを受ける。画面が変わるとハミルトンがコーナーでティモ・グロックをオーバーテイクし、5位でフィニッシュしたのだ。思わず「ウオー」と叫んでしまった。

すごい結末だった。

平成20年11月5日 司法書士 藤村和也 http://www.kfsj.net

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