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2016年10月27日 (木)

妹が叶えられなかった両親よりも長く生きることを胸に生きていきます

今年の519日に妹が乳癌が原因で死亡しました。乳癌発見から10年くらいでした。

乳癌の治療は傍からみていても苦しそうでした。最初の手術前には抗がん剤の副作用で体中の体毛が抜けたようでした。東京の順天堂大学病因に通っていましたが、抗がん剤がきつくて途中で下車したこともあったそうです。母が掃除で、今までは毛がたくさんあったけどもうなくったと言っていました

妹は文句ばかりいうので、順天堂大学病院には、手術当日以外は行きませんでした。

手術後に乳房を残せたと医師が言っていましたが、今考えるとこんな中途半端のことをしたから再発、転移したのだと考えてしまいます。まだ、20台だから致しかたないのでしょうが、、、、、

3年くらい前に再発、肺に転移していることが分かりました。肺のレントゲンが真っ白だったそうです。乳癌は、再発するとダメというのは有名なのでそのときもうダメなんだろうと考えました。母に話すとなんでそんなことをいうのと怒られました。

妹は、なぜこんなに仕事にいくんだと思うくらい執着していました。私が同じ状況になったら仕事はしません(逆にしてはいけません ミスをすると損害がすごいからです)。

日に日に衰えたようですが、極力接触は避けるようにしました。喧嘩になるからです。再発後は、行くのが大変のため癌センターで治療を受けていました。入退院を繰り返していました。私は一度も病院には行きませんでした。最初に乳癌治療のときも手術のときしか行っていないので、行くと「死」を意識されるからです。

最後に退院して帰ってきたときは、「24時間酸素マスク」で呼吸をしていました。肺がやられているので呼吸機能が低下しているからです。母からは、いつ何があるか分からないので携帯から離れないよう言われました。部屋からよく咳き込んだ音が聞こえていました。後で言われましたが、血痰がでていたようです。

亡くなる前日に帰ると夕飯を食べていて、私が食べるときには、部屋に帰っていました。苦しそうな姿でない最後に見たときでした。

519日の午前4時くらいに母に起こされました。「・・・が苦しいと言っているので、救急車と呼んだ 見ていて」 下に行くと「苦しい、助けて」と言い続けていました。おそらく酸素マスクで吸引しても十分な呼吸ができない状況だったのだと思います。母は外で救急車を待っていましたが、母が妹の近くにいた方が良いので、私が外で救急車を待っていました。ついに来たか。この親不孝もんがと思いました。

9時すぎに父を連れて癌センターに行きました。「苦しい、助けて」と言い続けていました。下の妹と母が交代で背中をさすっていました。これは長くなるなと思い、認知症の父の相手はできないので、急遽ショートステイを入れる手続きを私がしました。午前11時くらいに病院をでて、2時くらいに父をつれてショートステイ先に言っていましたが、母から「だめかも知れない」と言われたので、父を連れて病院に行きました。つくと、大きな不自然な呼吸をしていて妹は眠っているようでした。もう話こともできないんだ。そう考えると涙が出てきました。

しばらくして、ナースが来ました。妹がコールしたようでした。動きが止まったようでした。下の妹が「足が冷たくなっている」と言いました。ナースが「力を振り絞って心臓のあたりに血液を運んでいる」と言っていました。やがて医師が来ました。瞳孔を調べ始めました。

私は、その時まで死ぬとは思っていませんでした。この日は、不思議と決済などの急ぎの仕事はありませんでした。母が落ち込んでいるので、葬儀屋、勤務先に私が電話しました。土曜日に通夜、日曜日に告別式をしました。納棺士に着替えさせてもらった後に足と手をみましたが、とても細かったのを覚えています。結構太ってまし、、、。闘病でやせてしまったのです。父が認知症のため、私が事実上の喪主をしました。挨拶などはそもそもうまくできないことは分かっていました。

「妹が叶えられなかった両親よりも長く生きることを胸に生きていきます」」と挨拶に入れました。

妹は数日前に会社に行って挨拶し、亡くなった日に半日仕事する気でいました。当時は、何馬鹿なことを言っているんだと思ってましたが、母には「後悔がない」ようにと言っていました。母も送り迎えをするつもりでしたが、それはありませんでした。今でもなんでこんなに仕事に執着したのか分かりません。

通夜には100人を超える人が来ました。正直驚きました。妹は、勉強はできませんでした。でも、話をすると誰もが優秀だったと言いました。学生時代に成績からは考えられませんが、余程あっていたのでしょう。

司法書士 藤村和也

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