無料ブログはココログ

« 2016年12月 | トップページ | 2017年2月 »

2017年1月

2017年1月29日 (日)

やっぱりやめることはできませんでした

 最初から決まっていたのかも知れない。アスリエをやっぱり辞められなかった。最後は、エンジョイしたから、、、、、。やっぱり大切な場所なんだと思った。辞めたらとんでもないことが起きることは明らかだった。太る、他のジムに行くにしても時間がかかる、毎日、温泉に行くと費用がかかる、、、、、、

パーソナルトレーナーの回数券と申し込みをした。これは、事実上、当分は辞めないという意思表示だった。手術前はパーソナルトレーナにかなり厳しいトレーニングをしてもらっていたが、今は、マッサージを中心としたものです。

ただ、本当の目的は、無駄話を聞いてほしいだけなのです。辞めたいと言ったこともあります。本当は、止めてほしかったのです。辞めたら、太る、他のジムに行くと言われました。

今日は、ゴールドジムに行ってトレーニングをしてから行きました。正直、きつかったです。今は、細マッショだと思います。これもいいかなと思っています。下半身のトレーニングはキツイけど上半身は結構楽です。ただ、見た目重視なので、上半身は、種類が多いので時間がかかります。しかも負荷は、片手2キロ程度です。思い切り、意識してやります。ゴールドジムの豊富なマシンによって作り上げています。

 やっぱり、筋肉がついてくると自信が湧いてきます。アスリエに行くようになって人格がかわったと思う。5年はやく行っていれば、きっと人生そのものが変わっていたと思います。以前の自分は、仕事にしても今ほど自信をもってしていませんでした。

でも6年たっても自分は余り変わらないと思います。外観や口ぷりなどは随分変わったと思うけど。ストレッチをしながら、6年前と同じように涙ぐんでいました。

藤村和也

あの二人はすごかった。

 アスリエに初めていったには、平成23年7月だった。東日本大震災があった年だ。最初は、90分会員だった。続けるかどうかも分からないからだ。初めてのスポーツジムだった。

 最初は、バーベルスクワット130キロが1つの目標だった。これは、どうしてもできなかった。あるとき、補助をスタッフにお願いすると佐々木(現、古谷)さんがやってくれた。

アスリエから帰るときに佐々木さんが来て「どうでしたか」と一言話かけてきた。すごく印象が良かった。すごくできるヤツだと思った。アスリエに行ったきっかけの1つに会員だった人にアスリエに苦情をいったら「マネージャーから手紙がきた」と言っていたのでどういうところか興味があったのだ。だから、佐々木さんの対応はアスリエの方針かとも思った。

しかしながら、これはアスリエの方針ではなく、佐々木さんの個人の対応だったことが後に分かるし、苦情をいっても通知がきたことは一度もない。これも、マネージャーの個人の判断だったのだろう。

佐々木さんには、直接苦情を言ったことがあった。すると「苦情を言ってくれてありがとうございました。また、言って下さい」と言われた。すごいなと思った。

受付には、柳下さんがいた。いつも満面の笑みで仕事していた。笑顔の印象しかない。柳下さんがいた時代は、本当に受付も対応が良かった。

 佐々木さんは、与野店へ移動になり、現在も同様である。柳下さんは、佐々木さんが移動した翌年、熊谷に移動した。柳下さんが移動した後の受付は、質が時がすぎるにつれて低下していった。メンテナンス休館のときに熊谷にいくさずがだなと関心した。柳下さんは、残念ながらやめてしまった。

 今のアスリエ鴻巣は、苦情を匿名ですることができない。意見を書く紙があるが、入れる箱がない。スタッフに渡すしかない。こんな苦情の対応、ここしかない。苦情は、改善してほしいと現われなのに、、、、。これでは、苦情は簡単にはできない。

この頃は、ふと佐々木さんや柳下さんがいれば今にみたいにやめたいなんて考えなかったかも知れない。そう考える自分がいます。あいさつ1つにしても徹底していたし、プールに行っても必ずあいさつがあった。プールのスタッフの対応は、当時に比べれば本当にひどい。佐々木さんだけでも戻ってこないかな。今後くるときはマネージャーだろうけど

藤村和也

2017年1月27日 (金)

売買代金決済の立会い

 今日、久々に売買代金決済の立会いをした。今日は、自分の納得する立会いをする、司法書士として自分を見せつける、気持ちを込める、、、そう言い聞かせた。

 挨拶にはじまり、一言一言気持ちを込めた。85点くらいかな、良い立会いだったと思う。立会いをすると司法書士を感じる。

事務所で一人でいると泣けてくるので、、、、、。後見支援信託の打ち合わせを家裁とした。親族後見人が高齢のため、場合によっては継続案件になるそうだ。ついてるなと思った。やっぱり継続案件は多い方が良い。この1年で継続案件が減ったので良い傾向だ。

司法書士 藤村和也

2017年1月24日 (火)

シックスパックには、なかなかなりません。

 「筋トレやってないよね」ゴットハンドと会うと必ず言われます。いわゆるクロージングです。リハ担当から2キロOKと言われたので、その重量までやっています。やった直後は、パンプするけど、次の日くらいには落ちを感じます。2キロのトレーニングでも大分違って、今では日常生活にはほとんど支障はありません。

リハビリの目標は、正しい動きを身につかせて、再発を防止し、さらに、従前よりもパフォーマンスを向上させることと言われています。三頭筋を使って腕を上げること、さらに左の広背筋までうまく使えるようになると良いと言われています。三頭筋は、いいけれど広背筋は、背中に固い部分があり、根気が入りそうです。

腹筋は、やれば4個までは割れます。でも、手術前は6個に割れてました。先日、ヨガをやりましたが、体幹が弱くなったと強く感じました。すぐ、ぶれました。TRXで体幹を使ってトレーニングをしていたのがよかったのか、ワイパーか何かはわかりませんが、右手を使用した自重トレーニングが禁止なので、、、、

藤村和也

2017年1月21日 (土)

元気ですか

 先日、「元気ですか」と聞かれた。

はあ、、、、と思いながら。心の中で全然元気でない、、、 絶句しました。でもね。そう見えるんだろうなと思った。正直、日々がキツイ。でも、、、なんか 見とれちゃいました。今はカラカウ元気もない。

 今日、リハビリに行って一部右手の筋トレをして良いといわれました。極めて軽い負荷だけど、、、、軽い負荷だけど、ついに背中の筋肉をつけることができる、、、明日ゴールドジムに行って筋トレすることを誓っている。

トレーニング前の風呂で「腹筋割れてないね」といわれた。確かにトレーニング直後は4つくらいには割れるけど、長続きしない。ピラティスをすると翌日まで持つのでインナーが弱いのだと思う。これは、しばらくやってなかったので感覚を忘れたのだと思う。以前はシックスパックだっただけにさびしい。

アスリエに行くのが、、心理的にキツイのが一番キツイ。6年くらいほぼ毎日行っているのでそう簡単にはやめられない。やめたら、とんでもないことが起きる。絶対に苦痛に満ちた生活になる。競技復帰した場合にパフォーマンス低下も怖い。

藤村和也

2017年1月18日 (水)

仕事に夢中になる

 後見の家庭裁判所への報告書を作成するなど、夢中に仕事をした。何時ごろだろうか。昼休みをほとんどとらなくなったのは。昼食も食べながら仕事をしている。

目の前の仕事を終わらせて楽になりたい。そう思う。早く終わらせて休みたい。

今日は、電話が多い日だった。3件の面談もした。3件は結構キツイ。ふと、、自分ってすごいと思った。15年くらい前に受任したお客様から登記の依頼の電話もあった。今年は諸事情で年賀状を出せなかったけど毎年、出していたのできた依頼だった。

司法書士っていいなと思う。毎日毎日「先生」と言われます。もう慣れたけど、、、。自信があるから結構、言うときは強気に言います。

お客様に遺産分割協議書や委任状を渡す必要がある場合には、基本的にはお客様の面前でその場で作成します。プレッシャーを自分に掛けます。何度も来てもらうのも大変だし、私も時間を作るのが大変だからです。その場で作って、お客様と一緒に確認していきます。これが一番早い。満足度も高いと思う。お客様には待ってもらいますが。大抵10分くらいです。

 成年後見の申立書作成にはものすごく自信を持っています。これは大変な作業を伴うのでさすがにお客様の面前ですべてを行うことはできませんが、申立書、事情説明書は契約時にお客様に聞きながら作成していきます。お客様に印刷して記入をお願いしたこともあったが、結局、分からないので、今のやり方になった。お客様もきかれたことを答えるだけなので楽だと思う。

司法書士であることは、自分にとっていかに重要であるかを認識する。今みたいにふとした瞬間に落ち込むことがある場合には特に認識する。司法書士としての自分は気に入っているし、、、、、今まで一度も司法書士をやめたいと思ったことはない。苦しいこと、理不尽なことも多いけど、、、、

司法書士 藤村和也

2017年1月17日 (火)

今日できたこと

 今日は、プールで最初、平泳ぎにチャレンジしました。ボキボキと音が鳴ったのでやめました。ふと、ビートバンを利用してバタ足をしてみようと考えました。やってみるとできました。

手術後、初めて泳げたときでした。やっと、心肺トレーニングができると思いました。現状だと来月の診察時にインターバルトレーニングにの許可がでる可能性があるので、それに備えることができるようになった。でも、インターバルトレーニングはきついぞ。でも、卓球で最後(現状)に優勝した前にもやっていたし、、、

 藤村和也

2017年1月12日 (木)

世界に一つだけの花

 「世界に一つだけの花」は、解散したスマップの歌である。過去、カラオケでも歌ったことがあります。久々に聞きたいなと思いベスト版を借りてきました。

車の中で、聞きましたが、涙が止まりませんでした。思わす口ずさんでいました。手術をして以降、苦しみや悲しみ、さびしいことが多くて、、、、、

藤村和也

2017年1月 9日 (月)

悩ましいこと

司法書士試験は難関試験の1つだと思う。合格した時点で一般の人たちとの知識の量は果てしないほど差がある。

仕事に関係なくふと聞かれることが多い。「車が止まっていてぶつけられた これって10ゼロでしょ」というように確認するだけのことも多い。一般的にはそうだけれども個々の事案は千差万別で場合によっては結論が異なることがあるし、相手が争ってきた場合、費用も時間も手間もかかる。当然肯定することが期待されていることは分かる。だが、私が肯定すれば確実に10ゼロに固執して泥沼になる可能性がある。これは避けるべきだ。好意がアダとなってしまう。専門家の軽はずみな発言は避けるべきだ。

「ウイン ウイン」実務上よく言われる言葉だ。これは中々通常は理解できない感覚だと思う。紛争では勝ちすぎることはよくないと実務上言われている。多少譲歩した方が早く解決して費用時間手間もかからない場合も多い。上記事案で相手が1対9だと争ってきたとする。私ならコレで応じてしまう。譲歩する。「ウインウインだ」。1割なら早期解決してすっきりした方が良いと思うからだ。時間手間をかけるならその分、仕事をして稼いだ方が良いと思う。また、自発的にも払う可能性が高い。実務上、強制的に金銭を回収することは本当に難しいのだ。

藤村和也

リハビリ 涙

こんなこともできないのか これで痛いのか そう思うとめげる

未だに肘を曲げた状態での動きが痛い プールで浮力を使っても同様だ 稼働範囲は格段に広がった

だが、めげる

リハビリをしていると涙が流れることがある 苦しいわけでない できないことが多いのが悔しいのだ 現状では自分でできることは限られている

時間的な問題なのか そもそも自分一人では解決できないのかは分からない

仕事をするだけであれば出来ると思う。26日、27日は追い込みで結構仕事をしていた。夢中になってやっていたので気が紛れていたと思う

ひたすら仕事に打ち込めばこんなことも考えることも減るかもしれない 明日が休みだからこんな時間(午前4時半)に更新しているのかもしれない

昼間は仕事に打ち込んで、夜はアスリエで運動、リハビリして体に鞭をうって帰ればすぐ眠れるかも知れない 朝はきついだろうが、、、、、、

お客様の前では司法書士としての自分は常に自信満々でなければならない 自信もある 積み重ねたものもある 逆の立場になれば自信のなさそうな人には依頼したくないだろう

後見事務は、支援信託を入れれば60件を超える案件を受任し、また、2件の支援信託、20を超える継続案件を受任している 継続案件は、安定財源でもある 後見案件で関係者と面談するときは十分経験を積んでいるので任せてくださいが口癖のようなものである 後見申立書類作成を受任しても候補者が後見人に選任されなかったこともない 候補者の選任基準はおおよそ感覚的に分かっているので書類作成の段階で問題点は潰すし、候補者にも指導する 豊富な実務経験からくるものだろう

藤村和也

辞めない努力

 午前11時くらいにゴールドジムに行った。下半身、右腕、腹筋のトレーニング等をした。午後1時すぎに終わった。現状、2時間くらいのメニューのようだ。下半身は、バーベルスクワット・ラウンジ以外はやった。

 鴻巣に帰ってきて、エルミ鴻巣の中で「かけうどん」を食べた。カロリーが低そうだからだ。ちなみのこの店は明日で閉店だ。

その後、今日は、辞めたくなるような気がしていたので、「辞めない努力」をしようとアスリエに行った。やっぱり辞めたくないのだ。はさみを借りたが、「ありがとう」ととか言った。

久々に「のびのびボディ」に出ようと考えていた」11月からすべてのレッスンを止めていた。手術確定後に始めて出たレッスンだった。最初の手首のストレッチがすごく疲れた。右手を伸ばして、手首を曲げているだけでけっこう大変だった。最初はちょっと大変だったけど一通りのメニュをこなすことができた。すごく疲れた。出ていないうちに随分担当者がうまくなったなと思ったので、褒めた。

のびのびボディでこの疲れ、ピラティス、ヨガをやったらどうなるのだろう。そう思ってしまった。同時に競技レベルでの卓球の復帰も遠いと感じた。

辞めない努力の一環として、スタッフに「アスリエのEってなんだ」と質問した。「※エンジョイメント」と回答してくれた。「お前らの仕事は、俺らを楽しくすることなんだ」と言った。俺を不機嫌にして辞めたいと思うことを防ぐ努力だった。

 ※以前は、エンジョイだったが、解釈を変えたようだ。アスリエは、造語(アスレチック ライフ エンジョイメント)だが、意味を言えないスタッフが以前いた。

本当に疲れた日だった。

藤村和也

2017年1月 7日 (土)

夜が長く、朝は痛い

 夜が長い。なかなか寝付けない。朝、起きると右肩が痛い。

苦しいからアスリエを辞めちゃえと思うが、辞めたら、絶対後悔するから踏み切れない。運動しなかったらもっと眠れなくなる。リハビリの質も確実に下がる。他のジムという選択肢もあるが、少なくとも遠方になるだろう。そう考えると躊躇する。

あいかわらずタイトな上着をぬぐと痛みがでる。これがキツイ。脱ぐのが怖い。

モチベーションを維持できなくなっている。本当は、ストレッチもしっかりやらなければならないと分かっているが、さぼってしまう。特に後背筋をやわらかくしないとリハビリの支障がでることが分かっている。

すべきことは増えている。正直、リハビリはじみだしつまらない。でも、効果も実感している。

以前もアスリエなんか辞めちまえと考えた時期があった。でも、卓球が弱くなると考えて踏みとどまった。それからは、当たり前に行っていたが、退院後は変わっていった。やがては、苦しみへと変貌した。正直言えば、以前のように当然のように何も考えずにいければ良いのだと思う。それを期待する自分がまだいる。

藤村和也

司法書士としての自分は常に輝いてなければならない

司法書士としての自分は常に輝いてなければならない

アスリエに行くようになって4ヶ月くらいから良く自分に言い聞かせていた言葉だ。初めてアスリエで「脂肪買取」に挑戦したころだと思う。アスリエには、天使さんと心で呼んでいた女性がいた。天使さんと話がしたくて、「脂肪買取」の申し込みもした。とてもなつかしい。

当時は、日常的に司法書士バッチもつけていた。司法書士である自分がほこらしくもあった。それまでは、バッチは、権威の象徴で、偉そうだと思っていたから、決済以外は、つけていなかった。当時は、外見的にも変わった時期で美容院に行ってカットするようになったり、繭カットするようになった時期だった。2月からは、3週間おきに美容院に行っていてる。これは今も続いている。カット等をしてもらうのは以後、同じ美容師である。

今でも美容院に行った後は、すごく気に入っていてなんか自信が満ちてくる。こんな気持ちなるから同じ美容師に定期的にカット等をしてもらっている。

服装も変わった。オーダーメイドのスーツや日常の服装も変わった時期だった。すべてアスリエに行ったことが要因だ。「脂肪買取」の過程で、やせた。同級生には「イケメン」 になったとも言われた。筋トレでからだつきも変わった時期だった。年明けには、何もしないと決めていたが、それでもカッコよくなりたかった。学生にとき以来の感覚だったと思う。

 「イケメン」だとか「かっこいい」だとか「ホームページの写真より実物よりかっこいい」だと言われてうれしかった。当時は、外見にこだわった。

司法書士は、自分を輝かせるアクセサリーとも考えていた。後見事務が増えてくると売り上げもどんどんあがっていった。でも、卓球は弱くなった。体重を落としたからか力が入らなくなっていた。それでも良かった。脂肪買取で2ヶ月で脂肪が9キロも落ちた。体重は、67キロから61キロまで落ちた。筋力は増えた。

天使さんには当然相手にはされないし、自分から何かをしようとも考えなかった。もし何かあったらアスリエをやめなければならないと思っていた。天使さんはいつのまにか冷めたし、知らないうちに辞めていた。

今日は、北本市役所で相談をした。久々にワイシャツも着た。手術後、初めてだった。ワイシャツにネクタイなんか気が締まった気がした。もっと気合が入れば、ブレザーきて」司法書士バッチ」だろうが、まだ、ブレザーは着なかった。ふと「司法書士としての自分は常に輝いてなければならない」と思った。

アスリエに行くと「もういいだろう 辞めるときだろ」と繰り替して思ってしまう。正直心理的に苦しい。本当に辞めたくなる。でも本当にやめたら、絶対に後悔するし、太るし、筋力も落ちるし、、、、そう思うと慎重によく考えろと言い聞かせる。何気なく泳いでいる人、パワーカーディオをしている人を見るとこんなこともできないんだとさびしくなる。

昨年の2月、3月は、仕事でものすごく苦労をした。事務所に近づくことができないときもあってそんなときにアスリエにいるとすごく安心した気持ちになった。

アスリエを辞めるのだろうか。

藤村和也

2017年1月 4日 (水)

葛藤

復帰できるのか。この頃は、手術したことに後悔する自分がいる。こんなことも出来ないのか。そう感じる度に思う。
少なくとも日常生活には多少の我慢があったが、卓球を諦めれば温存療法でもよかったかも知れない。
そんなことを考える。
仮に卓球ができるようになっても努力しても手術前のようにプレーできないかもしれない。そう考えるとモチベーションが落ちる。努力さえ許されないかも知れない。
仕事と卓球。これだけしかやってこなかった。卓球に負けると悔しくてトレーニングも過酷になった。金もかけた。地味なリハビリをしていると時に涙が流れる。誰も助けてもくれない。楽しいだのということすら感じなくなる。話すことすら苦痛になる。
藤村和也

« 2016年12月 | トップページ | 2017年2月 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31