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2017年1月 7日 (土)

司法書士としての自分は常に輝いてなければならない

司法書士としての自分は常に輝いてなければならない

アスリエに行くようになって4ヶ月くらいから良く自分に言い聞かせていた言葉だ。初めてアスリエで「脂肪買取」に挑戦したころだと思う。アスリエには、天使さんと心で呼んでいた女性がいた。天使さんと話がしたくて、「脂肪買取」の申し込みもした。とてもなつかしい。

当時は、日常的に司法書士バッチもつけていた。司法書士である自分がほこらしくもあった。それまでは、バッチは、権威の象徴で、偉そうだと思っていたから、決済以外は、つけていなかった。当時は、外見的にも変わった時期で美容院に行ってカットするようになったり、繭カットするようになった時期だった。2月からは、3週間おきに美容院に行っていてる。これは今も続いている。カット等をしてもらうのは以後、同じ美容師である。

今でも美容院に行った後は、すごく気に入っていてなんか自信が満ちてくる。こんな気持ちなるから同じ美容師に定期的にカット等をしてもらっている。

服装も変わった。オーダーメイドのスーツや日常の服装も変わった時期だった。すべてアスリエに行ったことが要因だ。「脂肪買取」の過程で、やせた。同級生には「イケメン」 になったとも言われた。筋トレでからだつきも変わった時期だった。年明けには、何もしないと決めていたが、それでもカッコよくなりたかった。学生にとき以来の感覚だったと思う。

 「イケメン」だとか「かっこいい」だとか「ホームページの写真より実物よりかっこいい」だと言われてうれしかった。当時は、外見にこだわった。

司法書士は、自分を輝かせるアクセサリーとも考えていた。後見事務が増えてくると売り上げもどんどんあがっていった。でも、卓球は弱くなった。体重を落としたからか力が入らなくなっていた。それでも良かった。脂肪買取で2ヶ月で脂肪が9キロも落ちた。体重は、67キロから61キロまで落ちた。筋力は増えた。

天使さんには当然相手にはされないし、自分から何かをしようとも考えなかった。もし何かあったらアスリエをやめなければならないと思っていた。天使さんはいつのまにか冷めたし、知らないうちに辞めていた。

今日は、北本市役所で相談をした。久々にワイシャツも着た。手術後、初めてだった。ワイシャツにネクタイなんか気が締まった気がした。もっと気合が入れば、ブレザーきて」司法書士バッチ」だろうが、まだ、ブレザーは着なかった。ふと「司法書士としての自分は常に輝いてなければならない」と思った。

アスリエに行くと「もういいだろう 辞めるときだろ」と繰り替して思ってしまう。正直心理的に苦しい。本当に辞めたくなる。でも本当にやめたら、絶対に後悔するし、太るし、筋力も落ちるし、、、、そう思うと慎重によく考えろと言い聞かせる。何気なく泳いでいる人、パワーカーディオをしている人を見るとこんなこともできないんだとさびしくなる。

昨年の2月、3月は、仕事でものすごく苦労をした。事務所に近づくことができないときもあってそんなときにアスリエにいるとすごく安心した気持ちになった。

アスリエを辞めるのだろうか。

藤村和也

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