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2017年4月 7日 (金)

鍵盤断裂手術を経験して③

退院後も困難は多かった。鍋を食べるにもすくうことはできなかった。ロードバイクをやりにアスリエに行っていたが、車の運転や自転車も乗れない(こけると大変なので)ので母に送り迎えをしてもらった。年老いた母にしてもらうことに躊躇があった。

アスリエでは、やたらと小さくなった、短期間でこんなに落ちるんですね、屈辱的なことを言われ続けた。肩の稼働範囲はほとんど90度くらいしか上がらなかった。車の運転をあきらめるには十分だった。

128日退院後、初めて事務所に行った。パソコンを少し使用したが、すごく疲れた。とても満足に使える状態ではなかった。

1212日リハビリから帰って仕事に復帰した。母に送ってもらって事務員に送ってもらった。パソコンを使用することが本当に疲れた日々だった。長い時間はできなかった。

 

 右手には装具があった。手術後、1か月くらい経過すると装具なしでも大丈夫になった。外見上は、分からなくなった。

 

 もっぱらアスリエのプールで肩のインナーマッスルのトレーニングをした。腕をしずめて浮力で腕をあげるこれを繰り返した。結果、これが良かった。ときに一時間もやった。可動範囲は広がって行った。プールで泳いでいる人の姿をみるのがえらく辛かった。プールで被る帽子も自分一人ではつけることができなかった。

 

日常生活では、特に不便はしなくなったが、一番の苦痛は、着替えだった。Tシャツを脱ぐことは誰でも簡単にできることだが、これがきつかった。アスリエで着替えるときに5分以上も格闘したときあった。苦痛なしで脱げないので怖くてぬげないのだ。この状況は、1月初旬まで続いた。 

 

12月末くらいに卓球のラケットを振ってみた。痛くて全然ふれなかった。正直、もうだめかと思った。12月下旬車の運転を再開したが、左手だけの運転だった。エルミの駐車券が右手でとれないので下車して左手でとった。

司法書士 藤村和也

 

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