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2018年11月20日 (火)

ルノーと90年代のF1

日産自動車(本社・横浜市)のカルロス・ゴーン会長(64)が自らの報酬を過少に申告した疑いがあるとして、東京地検特捜部は19日、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑でゴーン氏を逮捕した。過少申告した金額は億単位にのぼるとみられる。

 特捜部は同日夕、日産の本社など関係先の捜索を始めた。

 ゴーン氏は、経営危機に陥った日産にルノーから派遣され、1999年に最高執行責任者(COO)、2000年に社長に就任。01年6月から社長兼CEOとなり、日産の再建を進めた。05年にはルノー社長にも就いた。16年には、燃費不正問題の発覚をきっかけとした三菱自動車との提携を主導し、16年12月に三菱自会長にも就任した。

https://www.asahi.com/articles/ASLCM5QBXLCMUTIL02C.html

上記事件が脚光を浴びているが、記事にあるルノーの90年代までのF1について記載しま。

ルノーは、1977年「フルコンストラクター」(車体もエンジンも自社で製作するチーム)としてF1に参戦をはじめた。当時は、3リッター自然吸気のフォード・コスワース・DFVエンジンが大勢を占めるなか、グランプリ史上初の1.5リッターV6ターボエンジンを搭載した車体でとして参入した。

1979年ルノーは、第8戦フランスGPF1初優勝を挙げた。これはターボエンジン搭載車としてもF1初優勝であった。その後のF1界は、ターボエンジンを搭載した車体で勝利を重ねるルノーに倣って、自然吸気エンジンからターボエンジンへの移行が大きな流れとなった。

1981年に加入したアラン・プロストがエースとなり、1983年にはプロストがドライバーズチャンピオン争いをリードしたが、終盤戦に失速し、最終戦南アフリカGPでブラバムのネルソン・ピケにタイトルを奪われた。

 

1983年途中からルノーエンジンをロータス等に供給をはじめたが、1984年には早くも同じエンジンを積む本家ルノーを選手権順位で上回る結果となったことで、ルノーの車体性能の劣勢が露わとなる。コンストラクターとしての参戦は1985年に終えた。エンジン供給は1986年まで行った。

 

1985年、1986年のロータス・ルノーには、あのアイルトン・セナが在籍し、ポールポジションを取りまくった。当時のセナはマシンに常に勝つ能力がないことを自覚しており、ポールポジションを取ることによってその実力を広めようとしていた。セナは、この2年で4勝をした。1986年はホンダが最強エンジンとして頭角を現した時期だった。

 

1989年ウィリアムズにエンジンを提供するエンジンサプライヤーとしてF1に復帰した。この年から、ターボエンジンの全面使用禁止と3.5リッター自然吸気エンジンが導入された。採用したエンジンはホンダ(ホンダは1991年からV12に変更)と同様V1010気筒)エンジンだった。

 

1989年(アラン・プロスト)、1990年、1991年(アイルトン・セナ)がチャンピオンになったが、1992年にウィリアムズ・ルノーFW14Bが登場し、グランプリを席巻し、ナイジェル・マンセルがチャンピオンとなった。ルノーの初タイトルだった。

 

 なお、1991年の最強マシンは、ウィリアムズ・ルノーFW14と言われており、セナの腕によってタイトルを奪取したと言われています。

 

 ホンダは、1992年にF1から一時撤退した。ルノーⅤ10がF1最強エンジンと言われるようなった。なお、ホンダⅤ12は、大きく重く振動も大きく、ルノーⅤ10に比べると燃費も悪かった。数年後にはほとんどのエンジンがⅤ10となったこと踏まえるルノーの選択は正しかった。あのフェラーリも伝統のⅤ12を捨てたのだ。

 

1994年ウィリアムズ・ルノーにアイルトン・セナが移籍した。チャンピオン間違いなしと言われたが、51日に悲劇が起きた。結果、チャンピオンは、ベネトン・フォードのミハエル・シューマッハとなった。ただ、最強マシンは、ウィリアムズ・ルノーFW16と言われている(コンストラクターズチャンピオンは獲得)

 

1995年からベネトンにもエンジン供給をはじめた。この年はウィリアムズ・ルノーとベネトン・ルノーの2チームで全17戦中16勝を挙げ、エンジンサプライヤーとして年間の最多勝記録(当時)を樹立した。チャンピオンは、ベネトン・ルノーのミハエル・シューマッハだった。ミハエル・シューマッハは、翌年からフェラーリに移籍し、ベネトンはルノーエンジン搭載ながら失墜していった。

 

1996年ウィリアムズ・ルノーは、デーモンヒルがチャンピオンとなり、1997年ジャック・ビルヌーブがチャンピオンとなった。1997年をもってルノーはF1から一時撤退した。

司法書士 藤村和也 http://www.kfsj.net

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